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義肢の歴史

@:最古の義肢

事故や戦争、病気によって身体の一部を欠損する事は、時代や洋の東西を問わず必ず起こり得ることである。記録によると、紀元前1500年から800はすでに義眼や義肢が用いられていたと伝えられている。


もっとも、この時代の義足は、紀元前三世紀頃のイタリア、
Capuaの墓から発掘された、「Capuaの棒義足」や、レスカール大寺院のモザイクに見受けられる様に、足としての機能や形態をとった物では無く、むしろ杖に近い物であったと推測される。
一方、義手の記録については、ローマの文筆家Plinius(A.D.63113)が記した物の中に、ローマとカルタゴが戦った第2ポエニ戦役(B.C.218201)の時、ローマの将軍Marcus Sergiusが右手を失い、鉄製義手を作らせたというものがある。


また、義手・義足いずれにしても医学との関連は薄く、同時代の著名な医学書にも義肢についての記述は見受けられないようである。

A:近代戦争と義肢

戦争は多くの死傷者を出す。したがって一時に多くの切断者を生じさせるが、この事が奇しくも義肢に関する技術を大幅に向上させる結果となった。


第1次世界大戦では全ヨーロッパで約30万人の切断者があったと言われており、ドイツでは1915年に義肢検定所が創立され、義肢の検定、標準化が行われた。この時期に開発された義肢部品としてはベルリン工科大学のSchlesingerによるTannenberg義手が有名である。
第2次世界大戦が終わると、敗戦国であるドイツに駐留したアメリカ人軍医が、自己懸垂性を有した木製の大腿ソケットを発見し、本国に持ち帰って研究した。これが、四辺形ソケットの原型である。


B:日本における義肢

日本で発見されている最古の義肢は、1986年鹿児島県の旧家の墓から発掘された義足であり、墓の年代から1818年以前の物であると考えられている。
また、記録として残っている最初の義肢装着者は、1868年、3世沢村田之助とされている。彼は、当時人気絶頂の歌舞伎役者であったが、脱疸のため、1867年アメリカ人医師Hepburnによって左下腿切断をうけた。しかし、舞台への想いを断ち切れなかったのか、活人形師松本喜三郎に義足の製作を依頼するが、実用には至らなかった。翌年4月、アメリカのSelpho社製の義足を装着し、再び舞台に出演したといわれている。


C:近代の義肢
日本で最初の義肢製作所は1899年に大阪で創設された。これが、当社のルーツでもある奥村済世館である。わが国においても、戦争と義肢の間には密接な関係があり、日清戦争(18941895)では、負傷兵に恩賜の義肢が支給されたという記録がある。また、日露戦争(19041905)では乃木大将の発案で乃木式義手が作られたが、当時の世界的水準には遥かに及ばないものであった。この時代に考案された中で秀逸なものとしては、鉄脚といわれる作業用大腿義足と、陸軍十五年式義手という作業用義手が挙げられる。

D:木製ソケット

第2次世界大戦後ドイツからアメリカに渡った木製のソケットは、4辺形ソケットとして日本にも広く普及した。現在のプラスチック製ソケットと比べ、ソケットの成形そのものに高い製作技術を要し、強度的な問題から薄く作る事が出来ないという欠点があったが、木材の性質上、吸湿性には非常に優れたものがあったようである。


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